江戸城北の丸の北側に位置する枡形門で、高麗門と渡櫓門からなる。寛永13年(1636年)に創建され、現存する渡櫓門は明暦の大火後の寛文5年(1665年)の再建、高麗門は寛永初年の遺構と考えられる。江戸城の門のうち最古級の建造物として残る貴重な存在で、国の重要文化財に指定される。田安の名は鎌倉時代この地に「田安明神」と称された神社があったことに由来し、江戸時代には八代将軍吉宗の二男・徳川宗武を祖とする徳川御三卿の一つ田安徳川家の屋敷地が門内にあった。徳川宗武は賀茂真淵らと親交を持ち国学振興に大きな影響を与えた文化人で、その孫が寛政の改革を主導した松平定信である。現在は日本武道館の入口として使われ、桜と武道の殿堂への表玄関として親しまれている。