伊東忠太(1867–1954年)は東京帝大の建築学者で、日本建築史研究の草分けとして知られる。インド・中国・西アジアへの調査旅行を経て、西洋近代建築に東洋的な装飾を組み合わせる独自の設計思想を確立した。本願寺伝道院はその代表作のひとつで、明治45年(1912年)に「真宗信徒生命保険会社」の本社社屋として完成。大正年間に会社が東京に移転した後、朝日生命保険・旧国鉄の施設・医院などを経て、昭和37年(1962年)に西本願寺が取得し伝道院として活用している。屋根頂部や壁面に配された怪物・妖精の彫像群は建築マニアの間でも有名で、西洋建築と仏教・イスラム文化が混交する明治の知的開放性を体現している。