乙訓寺の創建は推古天皇の勅願により聖徳太子が建立したと伝わるが、正確な創建年は不明である。奈良時代には既に乙訓地域における有力な寺院として存在していたとされる。平安時代初期の弘仁年間(810〜824年)には弘法大師空海が別当職を務めたと伝わり、真言密教との深い縁を持つ寺院として知られるようになった。また、平城天皇が譲位後に当地へ隠棲したとも伝えられ、皇室との関わりが古くから指摘されている。中世以降は戦乱や火災により伽藍が損壊した時期もあったとされるが、近世にかけて再建・整備が進められ、真言宗豊山派の寺院として法灯を継承してきた。近代以降も乙訓地域の古刹として地域住民の信仰を集め続けており、現在…