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勝龍寺
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勝龍寺
創建
806
種別
寺院
アクセス
JR長岡京駅から徒歩10分
京都府長岡京市勝竜寺19-25
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基本情報
寺院
創建 806
1220年目
御祭神・御本尊
十一面観音
重要文化財
宗派
真言三宝宗
ご利益
健康長寿・病気平癒
縁結び
安産・子授け
厄除け・災難除け
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「十一面観音(重要文化財)」のご神徳に由来
概要
大同元年(806年)に弘法大師空海が開創したと伝わる真言三宝宗の古刹。本尊の十一面観音菩薩立像は重要文化財に指定され、平安仏彫刻の優品として知られる。寺名は「勝竜寺城」の名の由来ともなっており、地域の歴史と深く結びついている。かつては広大な寺域を誇ったが、現在はこぢんまりとした境内に歴史の面影を残す。勝龍寺城・乙訓寺とあわせた長岡京の歴史散策で立ち寄れる空海ゆかりの古刹として参拝者を迎えている。
由緒
大同元年(806年)、弘法大師空海が開創したと伝わる古刹で、真言三宝宗に属する。創建当初は広大な寺域を誇り、乙訓地域における仏教文化の拠点として栄えたとされる。平安時代には本尊として十一面観音菩薩立像が安置され、同像は後に国の重要文化財に指定されるなど、平安仏彫刻の優品として高い評価を受けている。中世には周辺の政治的変動の影響を受け、戦国時代には寺の名を冠した「勝龍寺城」が近隣に築かれ、細川藤孝(幽斎)が居城として整備したことで知られる。1582年の山崎の戦い後には明智光秀が同城に籠もるなど、当寺の名は戦国史とも深く結びついている。近世以降は寺域が縮小し、現在は小規模な境内ながらも創建以来の法…
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勝龍寺城
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