愛知県名古屋市熱田区の熱田神宮境内に鎮座する摂社。祭神は乎止與命(おとよのみこと)——日本武尊の妃・宮簀媛命の父にして、草薙の剣を熱田に祀ることに縁した尾張国造の神。延喜式神名帳(927年)に記載される式内社で、かつては東海道と美濃路の分岐点(現・熱田区)に「源太夫社」の名で鎮座し、旅の安全と知恵の神として人々に崇められた。昭和24年(1949年)に都市整備に伴い熱田神宮境内に遷座。本殿両脇に大国主社(大国主神)・事代主社(事代主神)を備え、三社合わせて「初えびす」(1月5日深夜)が賑わう。境内には茶道で名高い「太郎庵椿」の古木が立ち、「名氏子」と呼ばれる子の名に神様の文字を授かる独特の風習も伝わる。熱田神宮の一の鳥居をくぐってすぐ左手、地下鉄伝馬町駅から徒歩約3分。
上知我麻神社の創建年代は不詳だが、延長5年(927年)に完成した延喜式神名帳に尾張国の式内社として記載されており、平安初期以前から官社として認められていた。江戸時代には現在の熱田区付近、東海道と美濃路の分岐点に「源太夫社(げんだゆうしゃ)」として鎮座し、旅の安全と知恵を授ける社として諸人の崇敬を集めた。文政7年(1824年)刊行の尾張地誌『尾張名所図会』にも「知恵の文殊」として記録されており、江戸時代を通じて学業成就・頭痛平癒の霊験で知られた。境内では能楽「源太夫」が演じられ、社の名が芸能の世界にも刻まれた。昭和20年(1945年)の名古屋空襲で社殿が焼失。昭和24年(1949年)12月2日、…