名古屋市熱田区旗屋に位置する**東海地方最大の前方後円墳**(全長151m・国指定史跡)。後円部径80m・高13m、前方部幅120m・高16mの3段築成で、面積は23,193㎡に及ぶ。5世紀末〜6世紀初頭(古墳時代後期)の築造とされ、熱田神宮に隣接する熱田台地の有力首長の墓と考えられている。
「**断夫山**(だんぷさん)」という異色の山名は、日本武尊(ヤマトタケル)の后・**宮簀媛命**(みやずひめのみこと)の伝説に由来する——東征帰路に没した夫・ヤマトタケルを悼み、二度と嫁がず貞節を守り通した宮簀媛が「夫を断つ山」として葬られた、という熱田神宮の伝承だ。考古学的には尾張連草香ら6世紀の尾張氏首長、あるいは継体天皇の妃・**目子媛**(めこひめ)関連の人物とする説が有力で、伝承と実証の間に未解明の謎が残る。
南約300mに位置する**白鳥古墳**(全長70m・日本武尊の陵伝承)ととも…
断夫山古墳は5世紀末〜6世紀初頭(古墳時代後期)に築造された前方後円墳で、熱田台地の南縁に位置する。全長151m・後円部径80m・高13m・前方部幅120m・高16mの3段築成で、周囲には周濠(外堀)が巡り、外堤も備えていた。円筒埴輪・朝顔形埴輪・須恵器の出土物から6世紀初頭(500〜530年頃)の築造と年代が確定されている。
**被葬者について**は複数の説が存在する。考古学的な有力候補は①**尾張連草香**(おわりのむらじくさか)など6世紀初頭の尾張氏首長、あるいは②継体天皇の妃として後の安閑・宣化両天皇を産んだ**目子媛**(尾張連草香の娘と伝わる)に関係する人物——という説で、いずれ…