愛知県名古屋市熱田区白鳥に鎮座する、大物主神を主祭神とする神社。熱田神宮北西に位置する摂社・下知我麻神社の向かい(伏見通りを挟んだ東側)に佇む小社で、社格は村社。宝暦9年(1759年)、若狭国小浜藩主・京極高尚が四国讃岐の象頭山金刀比羅宮に参拝して帰途の船出をした際、一体の金毘羅像が海から流れ着いたため拾い上げて祀った。不浄を恐れた高尚は参勤交代の途次、熱田幡屋の延命院に像を預け、境内に不動堂を建立して安置した。以来、日ごと参詣者が絶えず、地域の信仰を集める社として定着した。明治の神仏分離令により金毘羅権現は大物主神と称され、現在の金刀比羅社となった。
境内には水天宮(天之御中主神・安産・子育ての守護)と秋葉神社(火伏・防火の守護)も相殿として祀られ、三社合わせた御利益を授ける社として、熱田区住民の日常の祈りの場となっている。
金刀比羅社の創建は宝暦9年(1759年)に遡る。江戸中期、若狭国小浜藩主・京極高尚が讃岐国(現・香川県)の象頭山金刀比羅宮を参拝し、その帰途に船出したところ、海から一体の金毘羅像が流れ着いたと伝わる。高尚はこれを吉兆として拾い上げ、邸内に祀ったが、不浄を恐れて同年の参勤交代の折に熱田幡屋の延命院(真言宗の寺院)に預けることにした。延命院は境内に不動堂を建立してこの像を安置し、以来「日毎参詣者絶えることがなかった」と伝わる。
江戸時代、金毘羅信仰は全国の海運業者・船乗りを中心に爆発的に広まった。讃岐の金刀比羅宮(象頭山・琴平)を総本宮とし、御利益は航海安全・五穀豊穣・病気平癒など多岐にわたった。…