名古屋市熱田区白鳥に所在する6世紀初頭築造と推定される**前方後円墳**で、全長約70m、後円部径約40mの規模を誇る熱田台地西端の古墳。古来より**日本武尊(ヤマトタケル)の白鳥陵**と伝承され、日本武尊が伊勢国能褒野で崩じた後、**白鳥と化して大和琴弾原・河内古市を経て当地に降り立ち永眠した**という『古事記』『日本書紀』の白鳥伝説の終着地として、熱田神宮と対をなす聖地性を持つ。日本武尊陵としての陵墓治定は明治11年(1878年)に宮内省(現・宮内庁)が行い、現在も**宮内庁管理の陵墓参考地**として保護されており一般の立ち入りはできないが、隣接する法持寺境内から遥拝することができる。熱田神宮の創建伝承(草薙剣の継承)と白鳥伝説が重層的に結びつく尾張古代信仰の核心地の一つで、熱田神宮・法持寺・誓願寺(頼朝出生地)と合わせた「熱田歴史散策」の必訪スポット。