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観音寺(山崎聖天)
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観音寺(山崎聖天)
京都府
創建
899
種別
寺院
アクセス
JR「山崎」駅または阪急「大山崎」駅から徒歩約15分
京都府乙訓郡大山崎町大山崎白味54
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基本情報
寺院
創建 899
1127年目
御祭神・御本尊
十一面千手観世音菩薩
大聖歓喜雙身天王
歓喜天
宗派
真言宗系単立
ご利益
健康長寿・病気平癒
縁結び
安産・子授け
厄除け・災難除け
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「十一面千手観世音菩薩・大聖歓喜雙身天王(歓喜天)」のご神徳に由来
概要
京都府乙訓郡大山崎町に位置する真言宗系の単立寺院。山号は妙音山。通称「山崎聖天(やまざきしょうてん)」。昌泰2年(899年)、宇多法皇の勅願によって創建され、本尊は聖徳太子作と伝わる十一面千手観世音菩薩。境内に祀られる大聖歓喜雙身天王(歓喜天・聖天)は、江戸初期に箕面・勝尾寺の木食以空上人が堂を再興した際に葛井寺から勧請したもので、これが「山崎聖天」の名の由来となった。霊元天皇・東山天皇・中御門天皇の三帝から勅願を受け、近世には住友家・三井家・鴻池家ら上方の大商家が商売繁昌の守護として厚く帰依した。住友家が奉納した大銅灯籠が境内に現存する。禁門の変(元治元年・1864年)で焼失したが、明治期に再建された。
由緒
昌泰2年(899年)、宇多天皇(宇多法皇)の御願によって創建されたと伝わる。中世以降は衰退し荒廃したが、元禄年間(1688〜1704年頃)に箕面・勝尾寺の木食以空上人が堂宇を再興し、葛井寺から大聖歓喜雙身天王(歓喜天)を勧請・安置した。以後「山崎聖天」として知られるようになり、霊元・東山・中御門の三帝から勅願所の扱いを受けた。5代将軍綱吉の治世(宝永4年・1707年)には幕府から寺領保護の朱印状を賜った。18世紀を通じて住友家・三井家・鴻池家ら豪商が参詣し、銅製大灯籠(寛文10年・1670年、別子銅山の銅を用いて住友家が奉納)などが寄進された。元治元年(1864年)の禁門の変で、真木保臣ら尊攘…
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