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大阪府
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応頂山 勝尾寺
大阪府
西国三十三所 第23番札所
西国三十三所第二十三番・清和天皇平癒祈祷の功で「勝王寺」を賜った勝運の寺、源頼朝再建・無数の勝ダルマで知られる
創建
775 年
種別
寺院
アクセス
北大阪急行・大阪モノレール「千里中央駅」から阪急バス29系統で「勝尾寺」下車。新名神「箕面とどろみIC」から車で約5分
大阪府箕面市粟生間谷2914-1
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基本情報
寺院
創建 775年
1251年目
御祭神・御本尊
十一面千手観世音菩薩
開基・創建者
開成皇子(光仁天皇皇子)
宗派
高野山真言宗
→
概要
大阪府箕面市粟生間谷の応頂山中腹に位置する高野山真言宗の寺院で、西国三十三所第二十三番札所。神亀4年(727年)に藤原致房の双子の善仲・善算兄弟が当地に草庵を結んだのが起源で、宝亀6年(775年)に光仁天皇皇子・開成(かいじょう)が二人の弟子となり、6年がかりで大般若経600巻を書写完成させ弥勒寺を創建したのが直接の開基とされる。元慶4年(880年)に6代座主・行巡上人が清和天皇の病気平癒を祈祷して効験があり、「王に勝った寺」として「勝王寺」の寺号を賜るが「王」を「尾」に控えて「勝尾寺」と称した。以来「勝運の寺」として源氏・足利氏・豊臣秀吉ら武将の信仰を集めた。元暦元年(1184年)一ノ谷の戦いの兵火で焼失するも、文治4年(1188年)源頼朝の命で熊谷直実・梶原景時らが再建。境内に奉納された無数の「勝ダルマ」で全国的に知られ、紅葉とあじさいの名所。
由緒
神亀4年(727年)、藤原致房の子である双子の善仲・善算兄弟が当地に草庵を結んだのが起源とされる。宝亀6年(775年)、光仁天皇の皇子・開成(かいじょう)が二人の弟子となり、6年がかりで大般若経600巻を書写完成させて弥勒寺を創建したのが直接の開基。当初は弥勒寺と称したが、元慶4年(880年)に6代座主・行巡上人が清和天皇の病気平癒を祈祷して効験があったことから「王に勝った寺」として「勝王寺」の寺号を賜り、「王」を「尾」に控えて「勝尾寺」と称するようになった。以来「勝運の寺」として源氏・足利氏・豊臣秀吉ら武将の信仰を集めた。元暦元年(1184年)一ノ谷の戦いで源平の戦火により焼失したが、文治4…
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観音菩薩を巡拝する 33 ヶ所の霊場 — 日本最古の観音霊場、近畿2府4県と岐阜を辿る千年の巡礼路
佛
本尊
第
23
番札所
/全33寺
西国三十三所
本尊
千手観音
?
千
千手観音とは
木造千手観音坐像(京都・三十三間堂、国宝、湛慶作・鎌倉時代)
千本の手と千の眼であらゆる方法・あらゆる方角の衆生を救済する。実際の像は42本の手で千手を象徴することが多い。慈悲の極致を表す。
観音の種類・七観音
聖
聖観音
十
十一面
千
千手
如
如意輪
馬
馬頭
准
准胝
不
不空羂索
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ご利益
健康長寿・病気平癒
縁結び
安産・子授け
厄除け・災難除け
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「十一面千手観世音菩薩」のご神徳に由来
記
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勝尾寺は元暦元年(1184年)2月、源義経軍の急襲による一ノ谷の戦いの兵火で諸堂を焼失した。源平合戦の戦災を負った西国の古刹再興は、頼朝にとって武門の棟梁としての正統性を示す重要な事業であり、文治4年(1188年)勝尾寺再建を命じた頼朝は、その奉行に熊谷直実とともに梶原景時を起用した。景時はこの時すでに侍所所司(次官)として東国御家人を統括する立場にあり、東国から遠く離れた摂津国の伽藍再建を任されたのは、頼朝が彼を行政・財務両面で最も信頼していた証左である。『吾妻鏡』はこの再建を「西国諸国寺社の再興」の一環として記し、景時は熊谷直実とともに勧進・資材調達・大工棟梁の差配を担ったと伝わる。武人としての名声に隠れがちな景時の、源氏政権の文教政策を支えた行政官としての一面が、この勝尾寺再興に色濃く刻まれている。境内には今も鎌倉再興期の遺構が部分的に残り、勝尾寺の本堂・諸堂は以後「勝運の寺」として武家の信仰を集めることとなった。
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