菊屋家住宅は、慶長9年(1604年)に毛利輝元が関ヶ原の戦い後に萩へ移封し城下町を整備した際、菊屋家がこの地に屋敷を構えたことに始まるとされる。菊屋家は藩の御用商人として毛利藩の財政を支え、城下町萩における有数の豪商として繁栄した。江戸時代を通じて幕府が派遣する巡見使の本陣としても使用されるほど格式を誇り、その地位は商家としては異例のものであった。現存する主屋・本蔵・金蔵・釜場・米蔵の5棟は17世紀初頭の建築様式を色濃く残しており、日本最古級の町家建築の一つとして高い評価を受けている。明治以降も建物は保存され、昭和41年(1966年)に5棟が国の重要文化財に指定された。武家屋敷と商家が混在する…