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萩城
萩城
山口県
創建
1604
種別
アクセス
JR東萩駅から徒歩約25分
山口県萩市堀内
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基本情報
創建 1604
422年目
概要
慶長9年(1604年)に毛利輝元が関ヶ原の戦いの後に築いた長州藩の居城。指月山の麓と山頂に曲輪を配した平山城で、日本海に臨む絶好の立地に建てられた。江戸時代を通じて毛利家が長州藩62万石の城下を治め、幕末には吉田松陰・高杉晋作・木戸孝允ら明治維新を担った多くの志士を輩出した。「明治日本の産業革命遺産」のユネスコ世界遺産の構成資産として登録されており、美しく残る石垣と堀の遺構が江戸時代の城下町萩の往時を今に伝える。
由緒
慶長9年(1604年)、関ヶ原の戦いで西軍の総大将として敗れた毛利輝元が、防長2国に移封された後、指月山の麓に築城を開始した。指月山山頂に詰丸を置き、山麓に本丸・二の丸・三の丸を配した平山城で、北側を日本海に、三方を掘割で囲んだ堅固な構えを持つ。江戸時代を通じて長州藩毛利家62万石の本拠として機能し、城下町萩は政治・経済・文化の中心地として発展した。幕末期には吉田松陰・高杉晋作・木戸孝允・伊藤博文ら明治維新を主導した多くの志士を輩出した地としても知られる。明治7年(1874年)、廃藩置県後の廃城令により建造物の大半が解体・撤去されたが、天守台・石垣・堀の遺構は現在も良好な状態で残る。2015年…
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関連する歴史的事件
1

1876
萩の乱跡地(萩城址)
1876年(明治9年)10月28日、山口県萩で起きた士族反乱。旧長州藩士で征韓論者の前原一誠が、廃刀令・秩禄処分に反発する士族を率いて挙兵した。前原は萩・益田・浜田などに分散した約200名の兵を指揮して各地の警察署・裁判所を占領したが、政府軍の迅速な対応により数日で鎮圧された。前原は逃亡を試みたが捕縛され、主要な参加者と共に処刑された。皮肉なことに、前原一誠は奇兵隊の幹部として長州藩の倒幕に貢献した人物であったが、明治政府の急速な近代化路線に反発して旧友たちと争うことになった。同時期に起きた神風連の乱・秋月の乱と合わせて「明治九年の三大反乱」と呼ばれ、これらの反乱を経験した西郷隆盛は翌年に大規模な西南戦争を起こすことになる。現在、萩城址は指定史跡として整備され、萩の城下町は世界遺産関連の観光地として多くの訪問者を迎えている。
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