東京都千代田区神田猿楽町に立つ区立公園。旧錦華小学校(明治6年・1873年創立)の敷地の一部で、文豪・夏目漱石(1867-1916)が明治11年(1878年)11歳の時に卒業した学校として知られる。現在のお茶の水小学校・錦華公園一帯がその跡地にあたる。漱石は当時この地にあった錦華小学校を卒業後、一ツ橋中学校(現・東京都立日比谷高校の前身の一つ)に進み、東京大学文学部を経て日本近代文学の礎を築いた。公園に隣接するお茶の水小学校の校庭外には「吾輩ハ猫デアル 名前ハ未ダ無イ 明治十一年 夏目漱石 錦華ニ学ブ」と刻まれた「夏目漱石ノ碑」が立ち、漱石の代表作『吾輩は猫である』(明治38年・1905年)の冒頭を引用して、文豪の少年期をこの地が育んだことを伝える。神保町古書街の一角、書物と文学の街にふさわしい文学史跡。神保町駅から徒歩5分、古書街散策のハイライト。
夏目漱石(1867-1916)は慶応3年(1867年)江戸牛込馬場下(現・新宿区喜久井町)に生まれ、7歳で市ヶ谷小学校、続いて明治10年(1877年)頃に当地の錦華小学校へ転校、明治11年(1878年)11歳で卒業した。漱石が後年書いた代表作『吾輩は猫である』(明治38年・1905年刊)は、この錦華小学校で学んだ少年漱石の記憶の延長線上にある作品とも読める。卒業後は東京府一ツ橋中学校(現・日比谷高校の前身の一つ)・大学予備門(のち第一高等学校)を経て帝国大学英文科へ進み、後にロンドン留学・朝日新聞社入社・『坊っちゃん』『三四郎』『こころ』『道草』など日本近代文学の金字塔を次々と著した。神保町古書街の片隅に立つこの碑は、漱石の文学が育まれた原点をささやかに伝える貴重な文学史跡である。