慶応3年(1867年)、神戸が国際貿易港として開港すると、欧米諸国の外国人居留民が増加し、居留地周辺の北野・山本地区に住宅を求めるようになった。明治20年代(1880年代後半)以降、外国人商人や領事館員らが北野の丘陵地帯に次々と邸宅を建設し、西洋の建築様式を取り入れた洋館群が形成された。明治23年頃(1890年)には洋館の建築が本格化し、英国・ドイツ・フランスなど各国の様式を反映した建物が立ち並んだ。なかでもドイツ人貿易商トーマスが建てたとされる煉瓦造りの「風見鶏の館」(明治42年頃築)は北野のシンボル的存在となった。大正・昭和初期にかけて外国人居住者が減少すると洋館の多くは日本人の手に渡り、…