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長宗我部元親墓
高知県
戦国の覇者・長宗我部元親が眠る高知市長浜の天甫寺山、嫡男・信親の供養塔も並ぶ
創建
1599
種別
史跡
アクセス
JR高知駅からバス(長浜方面)、長浜バス停から徒歩約15分。雪蹊寺(第33番霊場)の近く
高知県高知市長浜天甫寺山
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基本情報
史跡
創建 1599
427年目
概要
高知市長浜の天甫寺山南斜面に所在する長宗我部元親(1539〜1599)の墓所。石段を上がった石垣の上の鬱蒼とした木立の中に五輪塔が立ち、元親の法名「雪蹊恕三大禅定門」が刻まれている。慶長4年(1599年)5月に伏見屋敷で病没した元親の遺骸は、土佐に送られてこの地に葬られた。近くには菩提寺・雪蹊寺(第33番霊場)があり、墓所と合わせて参拝できる。戸次川の戦い(1587年)で先立った嫡男・信親の分骨も近くに祀られており、父子の悲劇的な最期を今に伝える土佐の聖地。
由緒
慶長4年(1599年)5月、天下人・豊臣秀吉の死の翌年、長宗我部元親は伏見の屋敷で61歳の生涯を終えた。元親の没後、土佐に送られた遺骸は高知市長浜の天甫寺山(てんぽうじやま)に葬られた。菩提寺は元親が整備した雪蹊寺(土佐三十三ヶ所の一つ、四国八十八ヶ所第33番霊場)で、法名「雪蹊恕三大禅定門」はこの寺の名に由来する。明治3年(1870年)の廃仏毀釈で雪蹊寺の堂宇が壊され、元親を祭神とする泰神社が同地に創建されたが、のちに寺は再興された。元親の墓は現在も天甫寺山南斜面の石段上に静かに立ち、高知市の史跡に指定されている。近くには戸次川で戦死した嫡男・信親(法名:天甫寺常舜禅定門)の分骨も祀られてお…
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