慶長4年(1599年)5月、天下人・豊臣秀吉の死の翌年、長宗我部元親は伏見の屋敷で61歳の生涯を終えた。元親の没後、土佐に送られた遺骸は高知市長浜の天甫寺山(てんぽうじやま)に葬られた。菩提寺は元親が整備した雪蹊寺(土佐三十三ヶ所の一つ、四国八十八ヶ所第33番霊場)で、法名「雪蹊恕三大禅定門」はこの寺の名に由来する。明治3年(1870年)の廃仏毀釈で雪蹊寺の堂宇が壊され、元親を祭神とする泰神社が同地に創建されたが、のちに寺は再興された。元親の墓は現在も天甫寺山南斜面の石段上に静かに立ち、高知市の史跡に指定されている。近くには戸次川で戦死した嫡男・信親(法名:天甫寺常舜禅定門)の分骨も祀られてお…