嘉禎2年(1236年)、中国(宋)での修行を終えた道元禅師が洛南深草の地に「興聖宝林寺」を開創し、日本で初めて曹洞禅の本格的な道場を築いた。道元はここで『正法眼蔵』の著述を進め、普勧坐禅儀・弁道話など曹洞宗の根本規矩を示した。しかし仏教界の圧迫を受け、寛元元年(1243年)に越前(現・福井県)へ移り永平寺を開山したため、深草の堂宇は次第に廃れた。江戸時代の慶安元年(1648年)、曹洞宗の僧・万安英種が宇治山田の現在地に堂宇を整備し、道元の法灯を引き継いで「興聖寺」を再興した。以後、参道「琴坂」の紅葉で知られる名刹として宇治の地に根を張り、総門・山門・法堂・庫裏が一直線に並ぶ禅宗様式の伽藍を今に…