光明院は明徳2年(1391年)、金山明昶(きんざんみょうしょう)によって開創された臨済宗東福寺派の塔頭寺院である。東福寺は13世紀に聖一国師(円爾)によって創建された大寺であり、光明院はその境内南端に位置する子院として歴史を刻んできた。中世以降の詳細な変遷については史料が限られるが、東福寺山内の塔頭として法灯を継承してきたとされる。近代において寺の面目を一新したのが、昭和の名作庭家・重森三玲である。重森は1939年(昭和14年)頃に枯山水庭園「波心庭」を手がけ、白砂・苔・立石を巧みに組み合わせて大海原の波涛を表現した。三つの枯山水が一体となったこの庭は「虹の苔寺」の異名で広く知られるようになり…