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雲龍院
京都府
1372年後光厳上皇が創建した泉涌寺塔頭、悟りの丸窓と蓮華の間の四景同時鑑賞が雅な写経の場
創建
1372 年
種別
寺院
アクセス
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基本情報
寺院
創建 1372年
654年目
御祭神・御本尊
薬師如来
→
走り大黒天
宗派
真言宗泉涌寺派
→
概要
雲龍院は応安5年(1372年)に後光厳上皇によって泉涌寺の別院として創建された真言宗泉涌寺派の寺院で、本尊は薬師如来と走り大黒天である。書院の丸窓「悟りの窓」は源光庵のそれに匹敵する美しさで、四季折々の景色を額縁のように切り取る。蓮華の間の色紙窓からは椿・灯籠・紅葉・松の四つの異なる景色が同時に楽しめる趣向が凝らしている。写経体験も人気で、静寂の中で心を落ち着ける時間を過ごすことができる。西国薬師四十九霊場第40番札所に数えられ、泉涌寺七福神巡り第5番(大黒天)の札所でもある。JR・京阪東福寺駅から徒歩約20分、泉涌寺総門から奥へ進んだ先に位置する。
由緒
雲龍院は応安5年(1372年)、後光厳上皇の勅命により、泉涌寺の塔頭(別院)として創建された真言宗泉涌寺派の寺院である。創建にあたっては、後光厳上皇の深い帰依を受けた高僧が開山に関わったと伝わる。泉涌寺はかねて皇室との縁が深く、「御寺(みてら)」とも称される皇室の菩提寺であり、雲龍院もその信仰的背景のもとに成立した。室町時代以降、歴代の皇室や公家の帰依を受けながら法灯を継いできたとされる。江戸時代には寺域の整備が進み、現在に伝わる書院建築や庭園の基礎が形成されたと考えられている。近代以降も真言宗泉涌寺派の寺院として法脈を維持し、西国薬師四十九霊場第40番札所、泉涌寺七福神巡り第5番(大黒天)の…
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ご利益
健康長寿・病気平癒
厄除け・災難除け
延命長寿
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「薬師如来・走り大黒天」のご神徳に由来
記
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