寛治元年(1087年)、後三年の役(1083〜1087年)の平定後、源義家(八幡太郎)が帰路にこの地へ立ち寄り仏堂を建立したのが起源と伝わる。山号は清林山、天台宗に属し、本尊は阿弥陀如来。中世を通じて武蔵国内の武士層の信仰を集めたとされるが、詳細な記録は伝わっていない。境内には義家が馬を繋いだと伝わる「駒繋松」の伝承が残り、創建の故事を今に伝える。近世に入ると、江戸幕府第3代将軍・徳川家光より御朱印地15石を賜り、寺院としての格式を高めた。旧日吉村の鎮護寺として地域信仰の中心的役割を担い、村内の精神的支柱として栄えた。明治期の神仏分離令以降も天台宗寺院として法灯を継続し、現在は港北区屈指の古刹…