治承年間(1177〜81年)、源頼朝が伊豆国土肥(現・静岡県伊豆市)より宗像三女神を勧進し、武蔵国久良岐郡横浜村(現・横浜市中区)の鎮守として創建したと伝わる。創建当初は洲干島(しゅうかんじま)と呼ばれる砂州の突端(現在の新市庁舎付近)に「洲干弁天社」として鎮座し、海上交通の守護神として地域の崇敬を集めた。室町時代には関東管領・足利氏満が般若心経を奉納し、文明年間(1469〜87年)には太田道灌が社殿を再建した。江戸時代には徳川家光が朱印地を与え、幕府の庇護下に置かれた。安政6年(1859年)の横浜開港で周辺が居留地・波止場として整備されることになり、万延元年(1860年)に境内が元町へ移転さ…