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源頼朝誕生地(誓願寺)
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源頼朝誕生地(誓願寺)
愛知県
久安3年(1147年)4月8日、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝がこの地で生まれたと伝わる史跡
創建
1147
種別
史跡
アクセス
名古屋市営地下鉄名城線「神宮西駅」から徒歩約3分 / JR東海道本線「熱田駅」から徒歩約7分
愛知県名古屋市熱田区白鳥2-10-12(誓願寺)
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基本情報
史跡
創建 1147
879年目
概要
久安3年(1147年)4月8日、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝がこの地で生まれたと伝わる史跡。頼朝の母・由良御前は熱田大宮司・藤原季範の娘であり、出産のため実家(季範の別邸)に里帰りして頼朝を産んだとされる。現在は西山浄土宗の誓願寺が建ち、境内には「右大将源頼朝公誕生の地」の石碑と産湯池の碑が立ち、名古屋市教育委員会の案内板も設置される。頼朝は鎌倉幕府を開いた後も母方の氏神・熱田神宮を深く崇敬し、鶴岡八幡宮境内に熱田社を建立するほどであった。平家全盛の時代に、後に武家政権700年の礎を築く人物が、熱田神宮の社家でこの世に生を受けた。
由緒
頼朝の誕生地が熱田となったのは、父・源義朝と母・由良御前の婚姻に遡る。熱田大宮司・藤原季範は熱田神宮の神職の頂点にあった実力者で、義朝は院近臣として昇進を図るにあたり季範の娘を正室に迎えた。久安3年(1147年)4月8日、由良御前が熱田の実家別邸(現・誓願寺の地)で産んだ三男が頼朝である。頼朝の外祖父・季範は翌年(1148年)に没したが、熱田神宮と頼朝家の縁はその後も続いた。平治の乱(1159年)で父・義朝が尾張国野間にて殺害された後、14歳の頼朝は伊豆に配流される。20年の流人生活を経て1180年に挙兵、1185年に壇ノ浦で平家を滅ぼし、1192年に征夷大将軍に任じられた。頼朝は鶴岡八幡宮境…
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