頼朝の誕生地が熱田となったのは、父・源義朝と母・由良御前の婚姻に遡る。熱田大宮司・藤原季範は熱田神宮の神職の頂点にあった実力者で、義朝は院近臣として昇進を図るにあたり季範の娘を正室に迎えた。久安3年(1147年)4月8日、由良御前が熱田の実家別邸(現・誓願寺の地)で産んだ三男が頼朝である。頼朝の外祖父・季範は翌年(1148年)に没したが、熱田神宮と頼朝家の縁はその後も続いた。平治の乱(1159年)で父・義朝が尾張国野間にて殺害された後、14歳の頼朝は伊豆に配流される。20年の流人生活を経て1180年に挙兵、1185年に壇ノ浦で平家を滅ぼし、1192年に征夷大将軍に任じられた。頼朝は鶴岡八幡宮境…