天長年間(824-834年)、**空海(弘法大師)**が熱田神宮参籠の折に**日本武尊**を敬い、延命地蔵菩薩像を自ら彫って小祠を建立したのが始まりと伝わる名古屋市熱田区白鳥の古刹。山号は白鳥山、当初は「**宝持寺**」と称し、日本武尊を葬ったと伝わる隣接の**白鳥御陵**の宝物を護持することから名が付いたという。宝徳元年(1449年)あるいは文明年間、圓通寺2世・明谷義光が曹洞宗寺院として再興し、承応年間(1652-54年)に寺号を「法持寺」に改めた。戦国期の永禄3年(1560年)、**織田信長が桶狭間の戦いに向かう往路に当寺で必勝祈願**を行ったと伝わり、その足跡は熱田神宮・桶狭間古戦場と並ぶ信長桶狭間ロードの一角を占める。元禄2年(1689年)には**松尾芭蕉**が林桐葉らと当寺で句会を開き『野ざらし紀行』に記録が残る俳聖ゆかりの地でもある。1957年から30年間は大相撲名古屋場所の…