寛治元年(1087年)6月17日、醍醐三宝院宮勝覚僧正が紀伊国(和歌山県)の熊野坐大神を分祀し、神奈川郷の産土神として権現山(現・幸ヶ谷山上)に勧請・創建。東海道の神奈川宿が整備された後は宿場の鎮守として旅人や商人の参拝を受けた。慶長年間(1596〜1615年)に徳川家康から武州小机領神奈川郷内において御朱印高拾石を賜り、江戸幕府の公認を得た。明治元年(1868年)の神奈川宿大火により類焼したが、神仏分離により金蔵院と境内を分けて現地で復興した。明治6年(1873年)村社、同17年(1884年)4月に郷社に列せられた。現在も神奈川区の産土神として地域の氏子に崇敬されている。