延暦年間(782〜806)、伝教大師最澄が比叡山上に鎮護国家の道場を草創したことに起源を持つと伝わる。史料上の初出は天暦年間(947〜957)で、是算国師が西塔北谷に東尾坊として整備したことが最も確かな記録とされる。天仁年間(1108〜10)には寺号を「曼殊院」と改め北山に別院を建立した。慈運法親王入寺(1495年)以降は皇族が代々門主を務め、天台五門跡(青蓮院・三千院・妙法院・毘沙門堂・曼殊院)の一院として揺るぎない格式を確立した。また長く北野天満宮の別当職を歴任し、皇室・公家との深い結びつきを保った。
明暦2年(1656年)、八条宮智仁親王の第二皇子で天台座主を務めた良尚法親王(1622…