本能寺は法華宗本門流の大本山として、織田信長が参詣した歴史をもち、天正10年(1582年)6月2日に明智光秀の謀反「本能寺の変」の舞台となった。信長が自刃(あるいは炎中で絶命)した後、信長の廟が境内に設けられ、豊臣秀吉の命により天正19年(1591年)に御池寺町の現在地へ移転した。
惠昇院はじめ7塔頭は本能寺の境内に並び立ち、寺院全体の法要・葬祭・信徒の菩提寺として機能している。各塔頭の堂宇は昭和3年(1928年)前後に再建されたもので、現在も本能寺とともに京都の法華信仰の一拠点として参拝者を迎えている。