本能寺は法華宗本門流の大本山で、文明13年(1481年)に日隆の弟子・日円が開創したとされる。天正10年(1582年)6月2日、明智光秀の謀反「本能寺の変」で、京都に宿泊していた織田信長が少数の供廻りとともに包囲され、境内が焼け落ちる中で自刃した。信長の三男・織田信孝が焼け跡に廟所を設けた。現在の本能寺は四条大宮付近にあった旧地から、天正19年(1591年)豊臣秀吉の命により現在の寺町通御池の地(御池通と寺町通の交差点南)へ強制移転させられたもので、境内には信長の廟「信長公廟」が設けられている。
高俊院はじめ7塔頭は本能寺境内に並び、いずれも昭和3年(1928年)前後に堂宇を再建した。塔頭は…