本能寺は法華宗本門流の大本山として、信長の死後も法華宗の法灯を継いできた。天正10年(1582年)の本能寺の変で旧地は焼失し、天正19年(1591年)に豊臣秀吉の命により現在の中京区御池寺町に移転。境内には「信長公廟」が設けられ、法華宗の宗徒のみならず歴史ファンが広く訪れる史跡となっている。
定性院はじめ7つの塔頭は、本能寺の境内に並んで建ち(龍雲院・源妙院・本行院・高俊院・定性院・蓮承院・恵昇院)、それぞれが独自の院名・歴史をもちながら本能寺の法要・葬祭を支えてきた。各塔頭の堂宇は昭和3年(1928年)前後に整備されたものが中心で、定性院の「定性」という院名は、法華経の根本思想・仏性の普遍…