明福寺は文明12年(1480年)に青地左衛門尉頼賢によって近江国野洲郡矢島庄(現・滋賀県守山市矢島町)に創建されたと伝える。その後、慶長4年(1599年)に現在の京都・御池通堺町(御所八幡町)に移転し、浄土真宗本願寺派の末寺として発展した。
同寺の歴史において特筆されるのは、第3代住職・周意の次男として生まれた恵俊の存在である。恵俊は寛文10年(1670年)に還俗し、俗世に戻った後に音曲の道に進んだ。1690年頃、彼は既存の浄瑠璃とは一線を画す独自のやわらかな語り口を持つ「一中節」を創始し、初代「都太夫一中(みやこだゆういっちゅう)」と名乗った。
一中節は、三味線と胡弓を伴奏とした語り物音…