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岬神社
京都府
中京区蛸薬師通河原町東入備前島町に鎮座する神社
種別
神社
アクセス
京都府京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町317番地の2
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基本情報
神社
御祭神・御本尊
倉稲御魂命
石栄神
概要
中京区蛸薬師通河原町東入備前島町に鎮座する神社。「土佐稲荷(とさいなり)」の通称で知られ、倉稲御魂命(くらいなのたまのみこと)と石栄神(いわさかのかみ)の二柱を祀る。室町時代初期、鴨川の中州(岬の突端)に建てられた祠に起源をもつとされ、その後幾度かの移転を経て江戸時代初期に土佐藩京屋敷内の鎮守社となった。土佐藩邸を通り抜けて参拝できたことから「土佐稲荷」の名が定着し、先斗町・木屋町の町衆の産土神として広く崇められた。境内には坂本龍馬の立像が建ち、脱藩後の謹慎時に龍馬が常にもたれていたとされる柱の遺構が残る、幕末ファン必訪の史跡でもある。
由緒
岬神社の創建は、室町時代初期に鴨川の中州(岬の突端)に小祠が建てられたことに始まると伝わる。当初は「倉稲御魂命」を祀る一般的な稲荷祠であったが、その後鴨川西岸へ移転し、さらに江戸時代初期に土佐藩の京屋敷(現在の備前島町付近)の鎮守社となった。土佐藩邸では一般の参拝者のために藩邸内を通り抜ける専用の参道を設けるほど、周辺の先斗町・木屋町の町衆の信仰を集めた。「土佐稲荷」の通称はここに由来する。 幕末期には、土佐藩士・坂本龍馬(1836〜1867年)や中岡慎太郎らもこの社に詣でたとされる。文久3年(1863年)、脱藩の罪で捕らえられた龍馬は土佐藩邸の一室で7日間謹慎処分を受けたが、その際に常にも…
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