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名古屋城
名古屋城
愛知県
創建
1610
種別
アクセス
地下鉄市役所駅徒歩5分
愛知県名古屋市中区本丸1-1
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基本情報
創建 1610
416年目
概要
名古屋市中区に位置する国特別史跡の城郭。慶長15年(1610年)に徳川家康が天下普請として全国の大名に命じて築かせた。金の鯱鉾(しゃちほこ)が輝く天守は名古屋のシンボルとして名高い。本丸御殿は2018年に復元が完成し、狩野派による絢爛豪華な障壁画を公開している。第二次大戦で天守は焼失し1959年に再建された。尾張徳川家の居城として幕末まで尾張藩政治の中心であり続け、現在は年間150万人以上が訪れる名古屋随一の観光名所である。
由緒
慶長14年(1609年)、徳川家康は大坂方への備えと洪水の多い清須を捨てる「清須越」のため、九男・徳川義直の尾張藩居城として名古屋の地に築城を決定。翌慶長15年(1610年)から加藤清正・福島正則ら西国諸大名20家に助役を命じる天下普請で石垣工事が進められ、慶長17年(1612年)に天守が完成、元和元年(1615年)には本丸御殿も完成した。以後333年間、尾張徳川家17代の居城として江戸期を通じて栄えた。本丸御殿は将軍上洛時の御成御殿として使用され、徳川秀忠・家光・家茂ら歴代将軍が宿泊した。明治維新後、一時は破却が申請されたが、明治12年(1879年)に山縣有朋の進言で姫路城とともに保存が決定…
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織田信長とのつながり
名古屋城が建つ地には、信長が幼少期を過ごした「那古野城」があった。信長の父・信秀が那古野城主であり、信長もここで育った。家康が名古屋城を築いた際、この戦略的要地の重要性は信長の時代から受け継がれたものである。
徳川家康とのつながり
慶長15年(1610年)、徳川家康が天下普請として諸大名に命じて築城した。金の鯱鉾は徳川の権威の象徴であり、家康が天下統一後の新たな政治拠点として整備した城郭である。

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