長享元年(1487年)に日嘉を開山として創建された日蓮宗の古刹で、山号は関妙山、東京都荒川区東日暮里に鎮座する。天和2年(1682年)、甲府藩主・徳川綱重の側室お保良の方に仕えた老女・日安尼が中興し、お保良の方が後の**6代将軍・徳川家宣**(1662-1712年)を産んだ縁から「**将軍家ゆかりの寺**」として名高い。お保良の方の遺言で当寺に葬られ、家宣の異母弟・松平清武も当寺に隠棲した。将軍家宣は度々当寺を訪れ、参詣の際に音無川(現・石神井川支流)を渡るための橋が架けられたことから、現在も山門前石畳として「**将軍橋**」の遺構が残されている。幕末の戊辰戦争時には**彰義隊の本営**となり、上野戦争前夜の幕末志士たちの息遣いも伝える。近代には横綱**双葉山**(69連勝の大横綱)や政治家**石橋湛山**(首相)の墓所となり、江戸〜昭和の日本史を一寺で辿れる。