慶安元年(1648年)、日祐上人により創建された日蓮宗の寺院。慶応4年(1868年)5月15日の上野戦争(戊辰戦争)の際、彰義隊の敗残兵を境内にかくまったことで新政府軍の激しい銃撃を受け、今も山門には無数の弾痕が生々しく残っている。東京に現存する上野戦争の痕跡として最も象徴的な遺構の一つで、幕末の動乱を今に伝える貴重な物証となっている。墓地には講談師・伊東燕尾や浮世絵師の墓もあり、文化史的にも意義深い。御殿坂を上った谷中銀座の入口近くに位置し、谷中・根津・千駄木(谷根千)散策の起点として親しまれ、本堂には「大黒天」が祀られ谷中七福神の一つに数えられる。