明暦3年(1657年)、覚性院日勤を開山として創建された日蓮宗の寺院で、当初は「大山延寿院」と称した谷中の古刹。宝暦5年(1755年)に寺号を「六浦山延寿寺」と改め、身延山久遠寺の宿坊・山本坊より**日荷上人(にっかしょうにん)**の木像を勧請し、境内に**日荷堂**を建立したことで知られる。日荷上人は鎌倉後期の日蓮宗僧で、相模国**六浦(現・横浜市金沢区)**で造った**巨大な仁王像を一昼夜で身延山久遠寺の山門まで背負って運び届けた**という伝説を持ち、この驚異的な健脚の逸話から「健脚祈願」「足腰の病気平癒」のご利益で庶民信仰を集めてきた。明治44年(1911年)には日荷堂が再建され、堂内には足腰の病の平癒を願った**絵馬75点・文字額8点**が奉納され、これらは「**延寿寺日荷堂絵馬群**」として**台東区指定有形民俗文化財**に指定されている。谷中の寺町に佇み、参拝者が今も草鞋形の絵…