韮山城は、明応2年(1493年)頃、伊勢宗瑞(北条早雲)が堀越公方・足利茶々丸を攻め滅ぼして伊豆を掌握した際に、その本拠として整備した山城である。早雲は検地など先進的な統治を行い、永正16年(1519年)にこの城で没した。以後も後北条氏の伊豆支配の要として機能し、元亀元年(1570年)には武田氏の伊豆侵攻を北条氏規が撃退した。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、城主・北条氏規がわずか3千余の兵で4〜5万ともいわれる豊臣軍を相手に約100日間の籠城戦を展開。小田原本城の開城後、徳川家康の仲介を受けて開城した。慶長6年(1601年)、城主・内藤信成の駿府転封に伴い廃城となった。…