修学院離宮は、江戸時代前期の明暦2年(1656年)、第108代後水尾天皇の命により造営が開始され、万治2年(1659年)頃に概成したとされる。後水尾天皇は寛永6年(1629年)に幕府との政治的対立を背景として譲位した後も、院政を通じて朝廷文化の振興に力を注ぎ、その集大成として比叡山西麓のこの地に壮大な山荘を築いた。造営にあたっては幕府の支援を受けたとされ、加賀藩主前田家なども造園に携わったと伝わる。上・中・下の三離宮からなる構成は当初から計画されており、浴龍池を中心とする上離宮の借景庭園は後水尾天皇自身が設計に深く関与したとされる。江戸時代を通じて皇室の保養地として維持され、明治維新後は宮内省…