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猿江神社
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猿江神社
東京都
創建
1058
種別
神社
アクセス
東京メトロ半蔵門線住吉駅から徒歩5分
東京都江東区猿江2-2-17
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基本情報
神社
創建 1058
968年目
御祭神・御本尊
天照大御神
宇迦之御魂神
ご利益
浄化・お祓い
五穀豊穣
出世開運
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「天照大御神・宇迦之御魂神」のご神徳に由来
概要
天喜年間(1058年頃)、源義家(八幡太郎義家)が奥州征伐(前九年の役)に向かう途中、家臣の「猿藤太」がこの地で戦死し、その忠義を偲んで祀ったのが起源と伝わる古社。「猿江」の地名はこの猿藤太に由来するとされ、千年近い歴史が地名に刻まれている。祭神は天照大御神と宇迦之御魂神で、五穀豊穣と商売繁盛の御利益で知られる。大正12年(1923年)の関東大震災で木造社殿が全焼した後、昭和6年(1931年)に鉄筋コンクリート造で再建された。この判断が功を奏し、昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲では周辺が壊滅する中、コンクリート造の社殿が焼失を免れ、罹災者の避難所として多くの命を救った。現在は猿江恩賜公園に隣接し、新年の初詣や例大祭(8月)には地元住民で賑わう。東京メトロ半蔵門線住吉駅から徒歩5分。
由緒
天喜年間(1058年頃)、源義家の家臣・猿藤太がこの地で戦死し、その忠義を偲んで祀ったのが起源。「猿江」の地名由来となった。大正12年(1923年)の関東大震災で社殿全焼後、昭和6年(1931年)に鉄筋コンクリート造で再建。昭和20年(1945年)の東京大空襲では周辺壊滅の中、社殿が生き残り避難所となった。
yoshiieとのつながり
源義家(八幡太郎義家)は前九年の役(1051-1062年)で奥州に向かう途上、この地で家臣の猿藤太を失った。義家は猿藤太の忠義を深く悼み、その霊を祀る社を建てたとされる。この故事が猿江神社の起源であり、「猿江」という地名の由来ともなった。義家は源氏の武威を確立した名将であり、その東征にまつわるこの伝承は東京下町に残る貴重な源氏の記憶である。

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