清閑寺は延暦21年(802年)に紹継法師が天台宗の寺として創建し、後に真言宗智山派に改宗した歴史ある寺院で、山号は歌中山、本尊は十一面千手観音である。『平家物語』に登場する高倉天皇と小督局の悲恋の舞台として知られ、境内には高倉天皇陵と小督局の供養塔がひっそりと佇む。「歌の中山」の名で親しまれる参道からは京都市街を一望でき、清水寺の東側に位置する隠れた名所として知る人ぞ知る存在である。要石と呼ばれる石に祈願すると諸願成就するとの信仰があり、静かな境内で心穏やかに参拝できる。紅葉の季節には周辺の山が美しく色づき、人混みを避けた穴場スポットである。清水寺から徒歩約15分、東山トレイルの途中に位置する。
清閑寺は延暦21年(802年)、紹継法師によって天台宗の寺院として創建されたと伝わる。山号を歌中山(うたのなかやま)と称し、本尊に十一面千手観音を祀る。平安時代には「歌の中山」として歌枕に詠まれ、貴族文化と深く結びついた地であった。12世紀末、高倉天皇と寵妃・小督局の悲恋の舞台となったことで知られ、『平家物語』にもその逸話が記される。境内には高倉天皇陵が営まれ、小督局の供養塔も建立された。中世以降、宗派は天台宗から真言宗智山派へと改宗されたとされる。近世には度重なる戦乱や火災により往時の伽藍の多くが失われたと伝わるが、高倉天皇陵は宮内庁管轄のもと現在も保護されている。近代以降は大規模な復興には…