清凉寺の起源は天慶8年(945年)、重明親王が嵯峨の棲霞寺境内に阿弥陀堂を建立したことに遡る。寛和3年(987年)、入宋僧・奝然が宋より請来した釈迦如来像をこの地に安置し、正式に開創された。奝然はインドから中国へ伝わったとされる釈迦像の模刻を宋で造らせ、帰国後に堂宇を整えたと伝わる。中世には戦乱による荒廃を経たとされるが、浄土宗の寺院として法灯を継いだ。近世には嵯峨御所(大覚寺)との関係を保ちながら伽藍の整備が進められた。江戸時代には「嵯峨釈迦堂」の名で庶民の信仰を広く集め、毎年3月15日に行われる嵯峨お松明式(嵯峨大念仏狂言とともに)が定着した。明治の神仏分離令以降も浄土宗寺院として存続し、…