弘仁2年(811年)、弘法大師空海が五智山如来寺として開創したと伝わる。空海はかつて化野一帯に風葬・野ざらしで放置されていた無数の遺骸を憐れみ、石仏を祀って供養したとされる。平安時代、化野は鳥辺野・蓮台野と並ぶ平安京の三大葬送地の一つであり、庶民の遺骸が葬られた地であった。鎌倉時代には法然がこの地を念仏道場として整備し、浄土宗の寺院としての性格が確立されたと伝わる。室町・戦国期を経て寺域は荒廃したとされるが、江戸時代に再興が図られた。明治時代には近隣一帯に散在していた約8000体にのぼる石仏・石塔が境内に集められ、現在の壮観な石仏群の景観が形成された。昭和以降は京都を代表する霊地として広く知ら…