横浜市港北区篠原町の篠原城山公園一帯に残る戦国時代の城館跡。別名「金子城」とも呼ばれ、室町時代後期〜戦国時代にかけて武蔵国橘樹郡を支配した地侍・金子氏の居館とされる。標高約40メートルの舌状台地に立地し、東側は急峻な崖、南西は深い谷に囲まれた天然の要害で、曲輪・土塁・空堀・虎口などの遺構が今も良好に残っている。後北条氏の家臣として小田原攻めに際し落城し、天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原征伐により廃城となった。現在は篠原城山公園として整備され、土塁・空堀の一部が見学可能で、戦国末期の平山城の典型的な構造を学べる貴重な史跡。横浜市有形文化財(史跡)指定は受けていないが、地元では「篠原のお城山」として親しまれ、新横浜駅から徒歩5分という好立地にある知られざる戦国遺構。