spot/[id]

ホーム
>
都道府県から探す
>
神奈川県
>
横浜市
>
新横浜駅
>
篠原城址(金子城)
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
篠原城址(金子城)
神奈川県
創建
1500
種別
アクセス
新横浜駅から徒歩5分
神奈川県横浜市港北区篠原町 篠原城山公園
Google Map で開く ↗
基本情報
創建 1500
526年目
概要
横浜市港北区篠原町の篠原城山公園一帯に残る戦国時代の城館跡。別名「金子城」とも呼ばれ、室町時代後期〜戦国時代にかけて武蔵国橘樹郡を支配した地侍・金子氏の居館とされる。標高約40メートルの舌状台地に立地し、東側は急峻な崖、南西は深い谷に囲まれた天然の要害で、曲輪・土塁・空堀・虎口などの遺構が今も良好に残っている。後北条氏の家臣として小田原攻めに際し落城し、天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原征伐により廃城となった。現在は篠原城山公園として整備され、土塁・空堀の一部が見学可能で、戦国末期の平山城の典型的な構造を学べる貴重な史跡。横浜市有形文化財(史跡)指定は受けていないが、地元では「篠原のお城山」として親しまれ、新横浜駅から徒歩5分という好立地にある知られざる戦国遺構。
由緒
室町後期〜戦国期、武蔵国橘樹郡の地侍・金子氏の居館。後北条氏の家臣として小田原攻めに参加し、天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原征伐で廃城。曲輪・土塁・空堀などの遺構が現存し、戦国末期の平山城の構造を今に伝える。
豊臣秀吉とのつながり
天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原征伐により、後北条氏の家臣・金子氏の居城であった篠原城(金子城)は落城・廃城となった。秀吉の大軍が関東全域に展開するなか、この平山城も攻め落とされ、天下統一の最終局面が横浜の地にも刻まれた。

ゆかりの人物
1

みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U