青蓮院門跡の起源は平安時代初期にさかのぼる。伝教大師最澄が比叡山延暦寺を開いた際、その弟子たちが山上に営んだ坊が前身とされる。12世紀中頃、鳥羽法皇の皇子である行玄大僧正が門主となり、寺院としての基礎が整えられたと伝わる。粟田口の現在地への移転は平安末期から鎌倉時代にかけてのこととされ、以降は皇族・摂関家ゆかりの者が門主を務める格式高い門跡寺院として発展した。鎌倉時代には後鳥羽天皇・土御門天皇らが当院で親王灌頂を受けたとも伝えられる。室町時代には応仁の乱(1467〜77年)で堂宇の多くが焼失したが、その後再建が進められた。江戸時代には後水尾天皇をはじめとする歴代天皇・皇族との関係が深く保たれた…