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金福寺
京都府
創建
864
種別
寺院
アクセス
市バス「一乗寺下り松町」下車徒歩10分
京都府京都市左京区一乗寺才形町20
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基本情報
寺院
創建 864
1162年目
御祭神・御本尊
観音菩薩
宗派
臨済宗南禅寺派
ご利益
健康長寿・病気平癒
縁結び
安産・子授け
厄除け・災難除け
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「観音菩薩」のご神徳に由来
概要
貞観6年(864年)に慈覚大師円仁が安祥寺の末寺として創建した天台宗の寺院で、のちに臨済宗に改宗した。江戸時代中期に臨済宗の禅僧・鉄舟和尚が再興し、境内の芭蕉庵は松尾芭蕉が滞在した場所として知られる。芭蕉の死後、与謝蕪村が芭蕉庵を再建し、この寺の境内に埋葬されていることから俳諧の聖地として多くの俳人が訪れる。小高い丘の上に位置する境内からは東山や比叡山の眺望が開け、特に秋の紅葉時期には美しい景観が広がる。鉄舟の禅画・書などの文化財も所蔵されており、芸術的にも価値が高い。詩仙堂・圓光寺と並ぶ一乗寺エリアの名刹であり、文学と禅の香り漂う静かな空間が魅力である。
由緒
貞観6年(864年)、慈覚大師円仁によって安祥寺の末寺として創建された天台宗の寺院である。創建当初の詳細な歴史は明らかでない部分も多いが、中世には一時衰退したと伝わる。江戸時代中期、臨済宗の禅僧・鉄舟和尚(圓照寺の住職)によって再興され、宗旨も天台宗から臨済宗へと改められた。この再興に際し境内に芭蕉庵が整えられ、俳聖・松尾芭蕉が晩年に逗留したとされる。元禄7年(1694年)に芭蕉が没したのち、芭蕉庵は長らく荒廃したが、18世紀中頃、俳人・与謝蕪村が訪れて芭蕉庵を再建し、芭蕉の遺風を慕う人々の参詣が続いた。蕪村はこの寺を愛し、天明3年(1783年)に没後、境内に葬られた。以後、金福寺は芭蕉と蕪村…
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