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智積院
京都府
東山区七条の智積院は真言宗智山派の総本山
創建
1601
種別
寺院
アクセス
京都府京都市東山区塩小路通大和大路東入東瓦町964番地
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基本情報
寺院
創建 1601
425年目
宗派
真言宗智山派
概要
東山区七条の智積院は真言宗智山派の総本山。豊臣秀吉が愛児・鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺の後身で、徳川家康が根来寺(和歌山)から移した玄宥僧正によって再興された。桃山時代を代表する長谷川等伯・久蔵父子の金碧障壁画(国宝)と、四季折々の花が美しい大書院前の国指定名勝庭園が二大見どころ。広大な境内と宿坊を備え、1400年の歴史をもつ真言密教の学山として今も多くの参拝者を迎える。
由緒
智積院の歴史は、高野山の根来寺(和歌山県)に始まる。根来寺は真言宗の学山として栄えたが、天正13年(1585年)に豊臣秀吉の紀州攻めで焼き討ちにされ、住持・玄宥(げんにゅう)僧正は高野山へ避難した。 一方、この地(七条大和大路東)にはかつて智積院(根来寺の学頭を置く塔頭)があり、秀吉はその跡地に愛児・鶴松(1589〜1591年)の菩提を弔う「祥雲禅寺(しょううんぜんじ)」を建立した。祥雲禅寺の建設に際し、近江長浜城主だった浅井長政(秀吉の義弟)の邸宅「長浜城下の茶亭」にあった庭を移植したといわれる(のちの「利休好みの庭」との説も)。 慶長6年(1601年)、徳川家康は流浪していた玄宥に七条…
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