談山神社は、大化の改新(645年)の立役者である藤原鎌足を祭神とする。改新に先立ち、中大兄皇子と中臣鎌足がこの地の多武峰にて極秘の談合を重ねたことから「談い山」と呼ばれたと伝わり、神社名の由来となった。678年、鎌足の長男・定慧が父の墓を摂津阿威山から多武峰に移し、十三重塔を建立したことが創建の始まりとされる。その後、701年に講堂が建てられ、妙楽寺として寺院形式で発展した。中世には興福寺との間で寺域をめぐる争いが繰り返されたと伝わる。近世には徳川幕府の庇護を受け、1618年に現存する社殿群が整備されたとされ、その豪壮な意匠は日光東照宮の手本になったとも言われる。明治維新後の神仏分離令(186…