建武5年(1338年)に細川和氏が阿波守護所を勝瑞に置いたことに始まる。室町時代を通じて阿波の政治・軍事の中心として機能し、16世紀には三好氏が台頭して細川氏から実権を奪い、三好長慶の代に畿内の覇者として全国に名をとどろかせた。天正10年(1582年)、長宗我部元親の侵攻を受けて勝瑞城は落城し、三好氏は没落。天正13年(1585年)の豊臣秀吉四国征伐後は蜂須賀家政が阿波に入封し、徳島城(渭津城)へ拠点を移したため、勝瑞は拠点としての役割を終えた。現在は国史跡に指定され、城跡碑・水堀・見性寺等の遺構が残る。