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平清盛終焉推定地
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平清盛終焉推定地
京都府
京都市下京区東之町…
種別
史跡
アクセス
京都府京都市下京区東之町
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基本情報
史跡
概要
京都市下京区東之町、平安京の八条大路と鴨川が交わるあたりに立つ史跡で、石柱には「平清盛終焉推定地」「高倉天皇誕生地」と刻まれる。治承5年(1181)に平清盛が64年の生涯を閉じたのは、家司・平盛国の邸であったと伝わり、この界隈がその推定地とされる。清盛終焉の地には西八条邸や九条河原口など諸説がある。
由緒
平清盛は平氏政権の頂点に立った武将で、治承5年(1181)閏2月、熱病に倒れて世を去った。『吾妻鏡』は終焉の地を「九条河原口の盛国が家」と記すが、同時代の廷臣の日記『師元朝臣記』では「八条河原」とされ、「九条は八条の誤記」とする説が有力とされる。盛国は清盛の家司を務めた人物で、その邸は六波羅と西八条という平家二大邸宅群のほぼ中間に位置した。この地ではまた、永暦2年(1161)に憲仁親王(のちの高倉天皇)が生まれたとも伝わり、石柱はその二つの故事を伝える。終焉地には西八条邸とする説もあり、当地はあくまで推定地として記憶されている。
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