明治5年(1872)、東京奠都で活気を失った祇園を立て直すため、茶屋「万亭(現・一力亭)」の杉浦治郎右衛門らが祇園甲部歌舞会を組織し、同年の京都博覧会の余興として「都をどり」を企画・上演した。当初は祇園新橋の貸席で行われ、明治6年(1873)に建仁寺塔頭・清住院を改装した初代の歌舞練場が設けられた。大正2年(1913)、現在地に総檜造・木造2階建ての大劇場が竣工し、現役の木造劇場としては国内最大級を誇る。隣接する八坂倶楽部は大正期の数寄屋建築で、132畳の大広間や日本庭園、茶室を備える。平成13年(2001)、本館・別館・玄関・正門・八坂倶楽部などが国の登録有形文化財に登録された。京都の花街文…