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金沢シーサイドライン海の公園南口駅から徒歩5分、京急本線金沢文庫駅東口から徒歩15分
神奈川県横浜市金沢区寺前2-23-52
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御祭神・御本尊
胎蔵界大日如来坐像(本堂)/薬師如来立像(薬師堂、伝
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災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「胎蔵界大日如来坐像(本堂)/薬師如来立像(薬師堂、伝・行基作)」のご神徳に由来
三療山医王院薬王寺は横浜市金沢区寺前に所在する真言宗御室派の寺院で、総本山は京都・仁和寺。本尊は胎蔵界大日如来坐像で、別に薬師堂には伝・行基作とされる薬師如来立像を秘仏として祀る。この薬師如来は、源頼朝の異母弟・三河守源範頼が自らの別邸「瀬ヶ崎亭」に安置していた念持仏であったと伝わる。範頼が建久4年(1193年)に伊豆修禅寺で自刃した後、その霊を弔うために別邸跡に建立されたのが当寺の起源とされ、境内には範頼の位牌(法名・太寧寺殿道悟大禅門)が今も伝存する。命日の8月24日には毎年「三河忌」が営まれ、金沢区内における源範頼ゆかりの中核的な寺院として、鎌倉草創期の記憶を今に伝えている。
薬王寺の創建年代は明確には伝わらないが、当地・瀬ヶ崎は鎌倉幕府初期に源頼朝の異母弟・三河守源範頼が別邸を構えた地と伝えられる。範頼は建久4年(1193年)、曾我兄弟の仇討事件後の疑念により頼朝の勘気を被り、伊豆修禅寺に幽閉のうえ梶原景時の襲撃を受けて自刃したとされる。その遺徳を偲び、別邸跡に持仏であった薬師如来を奉安して建立されたのが当寺の前身「三愈山愈遍照坊」であるという。現在も本堂とは別の薬師堂にその薬師如来立像(伝・行基作、秘仏)が祀られる。本尊はのち胎蔵界大日如来坐像に改められた。室町期には一時衰微したが、尊誉上人により中興され「三療山薬王寺」と改称。江戸期を通じて31代の住職が連綿と…
源頼朝の異母弟・三河守源範頼は、この地・瀬ヶ崎に別邸を構え、念持仏の薬師如来をここに安置していたと伝わる。建久4年(1193年)、曾我兄弟の仇討事件後の疑念により頼朝の勘気を被り、伊豆修禅寺に幽閉のうえ梶原景時の襲撃を受けて自刃したとされる。遺徳を偲び別邸跡に建立されたのが当寺の起源で、現在も境内に範頼の位牌(法名・太寧寺殿道悟大禅門、建久4年8月24日)が伝存する。命日の8月24日には毎年「三河忌」が厳修されており、鎌倉草創期の源氏一門悲劇の記憶を今に伝える。
薬王寺は、頼朝が建久4年(1193年)に曾我兄弟の仇討事件後の疑念から幽閉・粛清した異母弟・源範頼の別邸跡に建立された寺院。範頼の持仏・薬師如来を奉安し遺徳を偲ぶために創建されたといわれ、命日には今も「三河忌」が営まれる。
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