山科は室町時代後期、本願寺第8世・蓮如が1478年(文明10年)ごろに山科御坊(本願寺山科別所)を築き、浄土真宗の一大拠点とした地である。しかし1532年(天文元年)、法華宗徒・近江六角氏連合勢力による「天文法華の乱」により山科御坊は焼き討ちに遭い、本願寺はやむなく大坂石山へ拠点を移した。その後、本願寺第11世・顕如は織田信長と10年にわたる石山合戦を戦い、1580年(天正8年)に和議を経て石山を退去、山科を経て京都へと帰還した経緯があり、山科は本願寺の歴史と深く結びついた地として記憶されてきた。現在の西本願寺山科別院は1600年(慶長5年)ごろの創建と伝わり、近世以降は地域の門徒衆のための念…